偽善とはなにか

やらない善よりやる偽善、という言葉がある。

純粋な善意、無償の精神から行う行為ではなく、何らかの見返りを
求めて行う慈善活動というのは、とかく批判されがちなものであるが、
批判するだけで何もしないよりは、例え不純な動機であったとしても、
結果として誰かの助けになるような行いをするのであれば、
それはそれで素晴らしいものだ、ということを言っている言葉である。

自分も、確かにその通りだとは思うのだが、そもそも「偽善」という
言葉自体のニュアンスが、自分と世間とで違うように思う。

自分にとっての偽善とは、善意があるように見せかけて、実際は
悪意をもって行動し、自分の利益のために他者を陥れること、である。

善意からではなく、メリットがあるから慈善活動をする、という
前述のような行為は、自分は偽善だとは思っていない。

偽善とは、あくまでも被害者がいる場合、あるいは誰の助けにも
ならない場合にのみ使われる言葉ではないだろうか。

だからこそ、偽の善なのであり、すなわち悪だ、と言えるのである。
結果的に善になる行動は、やはり善なのだし、決して偽善ではない。

これはあくまでも自分個人の考え方なのだが、どうも世間では、
善というものを完璧なものにしたがるきらいがある。

 

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